■瑠璃ちゃんを見送りました。

まさか、自分が「行って来まーす」のあと「おかえりなさい」の顔を見られない体験をするとは思わなかったと自覚せざるを得ません。

帰省中に瑠璃が倒れそのまま逝ってしまいました。

入院したと聞いても、点滴をすれば持ち直すだろうと・・・

なのに、ものすごく不安で、金沢に戻りたい気持ちでいっぱいでした。

別れの予感があったのかもしれません。



我が家の庭には、乳飲み子ラッキーとピクシィ4兄弟、沙羅ちゃん、元祖シェイミのお墓があり、もうこれ以上お墓を作るスペースはありません。

シェイミには申し訳ないけど、瑠璃姉さんはお骨にするしかないのです。



瑠璃を看取った夫が瑠璃のお葬式は家族全員でしたいという希望があり・・・
(実際には病院で死んだのですが、看取ったにもっとも近い人)

私は先に金沢に戻り、瑠璃の遺体を一刻も早くお骨にしてしまいたかったのですが、今回ばかりは一番近くで辛い思いをした夫の希望を尊重しました。

真夏のこの時期に亡くなって3日も経った遺体が、どんなに痛ましい状態になるであろうか・・・

子ども達、特に玉太郎に、瑠璃の遺体を見せることができるのか・・見たくないと言うだろうか・・最後になでてあげることができるのだろうか・・・

変わり果てた瑠璃の姿を子ども達が見て、どんなに衝撃を受けるだろうか。

そして、私自身も、変わり果ててしまった瑠璃の姿を受け止める自信は全くなく・・せめて一刻も早く瑠璃ちゃんをお骨にしてあげたい、という気持ちでいっぱいでした。




予定を切り上げて金沢に戻ろうとしましたが、夫の希望を聞いて考え改め予定通りに18日に戻りました。

土曜日ですが夫は仕事だったため、普通の葬儀屋さんに遺体を連れて行ってお葬式をしようとすると「ナイター料金」なるものがかかってくるのです・・・

ナイター料金て・・・

レストランとかカラオケみたいでイヤ過ぎる。

17時以降は追加料金です~って・・・・・・


お葬式にお商売臭銭臭プンプンかがされて、瑠璃のお見送りを託す先を決められませんでした。

そんな中に、「動物の園」という24時間対応で自宅でのお別れ式~お骨上げまでできるお葬式やさんがありました。

宗教を持たない我が家には、おうちでお見送りはぴったりだと思えましたし、何より、病院でひとり寂しく逝かせてしまった瑠璃を、自宅で人間の家族はもとより猫の義兄弟たちも一緒に見送ることができれば、少しは償いになるんじゃないかと思えてしょうがありません。

自宅に来ていただけるから、夫が帰宅してすぐお別れ式をすることもできます。

いろんな事情や思いを考慮して、「動物の園」に瑠璃のお葬式を依頼しました。



18日、15:30頃帰宅し、すぐさまとッ散らかって獣臭ムンムンのリビングの掃除に取り掛かり、空気もきれいにし、瑠璃ちゃんの体をリビングに運ぶ準備をしました。

とッ散らかったリビングが、瑠璃がこの家で過ごす最後になるなんて、私がいやでしたから。

掃除の途中、瑠璃が子ども達に会えるような状態かを確認しなくちゃと、思い切って1度だけ、クーラーガンガンの夫の部屋に安置されている瑠璃ちゃんの様子を見に行きました。

・・・正直・・・ちょっと判断の難しい、微妙な状態になっていました・・・・・・・・・・
でも、少し「ここは」と思うところをティッシュで隠してしまえば、大丈夫かな・・・・・・

それ以上は考えないようにしました。


17:30前に夫が急いで帰ってきました。

そして、お願いした17:30に、お葬式やさんがきました。
ああ、いよいよ瑠璃ちゃんとお別れするんだと緊張しました。

きれいにした部屋の真ん中に、夫が瑠璃ちゃんを入った箱ごと連れてきました。
思ったとおり、玉太郎は見るものかとばかりにうつむいて横を向いていました。
たまこは、半べそです・・・

お葬式やさんがもってきた、立派な木のひつぎに瑠璃ちゃんを納め直しました。
ふかふかのまっしろな敷布団、レースつきのふわふわの掛け布団、お姫様のような瑠璃ちゃんです。

口周りを隠すようにカスミソウで埋め、かわいらしい色とりどりの花で瑠璃の顔周りを飾りました。

ひもで遊ぶのが大好きだった瑠璃の為、5年間活躍した紐オモチャを持たせました。
ピンクのふにふにだった肉球が、白く堅くなっているのがただ悲しく苦しいのでした。
これからは独り占めして遊んでいいよ・・・だれか振ってくれる人がいるといいのだけれど・・・

そして、たまにしかもらえなかったモンプチを一袋。
モンプチは猫達に大人気なんだけど、素材的に見るとイマイチであんまりメインであげたくなかったんだよね・・・一袋だけど、独り占めして食べていいからね。

お葬式やさんのお兄さんが般若心経を読経し、続いてお焼香・・・玉太郎もたまこもできませんでした。

お兄さんが最後のお別れです。と前置きして

瑠璃ちゃんは一生懸命生きました。
瑠璃ちゃんはとても優しい子でした。

みたいなことを言うのね。
なんで見てきたみたいに言うんだろう。
どの動物のお葬式のときにも必ず読み上げる文章なんだろうと思いつつ、あまりにも瑠璃の姿にかぶるものだから、不覚にも号泣してしまいました・・・

みんなで泣きながら瑠璃の体をさすり、茶々朗、シェイミ、銀朗にお別れをさせ、棺は閉じられました。



最後のお別れの後、遺体をお骨にするために、人気のない広い場所を探し移動しました。

私達が選んだのは、海岸にある駐車場。
夕暮れ時に誰もいないだろうと思ったけれど、駐車場でバーベキューなんかしてる家族がいたりして、そんなところで瑠璃を焼くこともできず、行ったことのない海岸沿いの道を進みました。

お葬式やさんのお兄さんが「この辺りでよいでしょう」と言う場所まで進み、車に備え付けられた釜に瑠璃ちゃんをお兄さんと夫とふたりで横たえ、これで本当に瑠璃ちゃんの姿を見る最後となりました。

別れがたく、瑠璃の体を何度もさすりました。
ふにゃふにゃだった瑠璃のおなかは、かっちかちのパンパンになっていて・・・
腐敗のせいなのか点滴のせいなのかわかりませんが、とにかく苦しかっただろうなということは伝わってくるのでした。

瑠璃ちゃんの体が空に昇っていくその時、真っ赤な太陽が日本海に沈みゆくところで、それはそれは美しく当たり一面を朱色に染めているのでした。

その夕日を見ながら、心地よい海風に吹かれ、美しい夕日に照らされて、見送られていく瑠璃は、少し幸せになれたんじゃないだろうかとさえ思うのでした。

私の腹に重く抱えた鉛玉がふっと軽くなったような瞬間でした。

夕日が沈み、辺りが紫色の夕闇に包まれ、手元がやっと見える程度に暗くなった頃、瑠璃はお骨になりました。

お骨を拾うのは、大学生の頃、おじいちゃんが亡くなって以来です。
正直、とても怖かった・・・
かわいい瑠璃ちゃんの変わり果てた姿を見るのは辛いと思った・・・

けれど、瑠璃ちゃんのお骨は暗闇にランタンの明かりに照らされて白くきれいで、小さな骨はかわいらしいと思えるものでした。

毛皮でわからなかったけど、こんなに小さな小さな体で一生懸命生きたんだね。
ありがとう瑠璃。



初めて会った日、手のひらに乗るほど小さくて、1ヶ月間ふくちゃんに授乳してもらってからうちに来たね。

初めてうちに来た日、茶々朗に追い掛け回されてびっくりしたね。

やんちゃで粗暴だった茶々朗を、優しいお兄ちゃんに変身させてくれてありがとね。

皮膚糸状菌症が潜んでいて、はげたこともあったね・・・
ついでに、玉太郎にもうつっちゃってさ、今では笑い話だよ。
だって水虫の薬で治るんだもんねえ・・・

大きくなったらケツが臭くて臭くて、肛門腺が詰まりやすいって言われて、お医者で絞ってもらうとほんとに殺人級のにおいのする液体が出てきて、びびらせてくれたね。
それもいつの間にかなくなったね。

たくさんたくさん子猫を保護し預かりしたけど、どの子にもわけ隔てなく、お姉ちゃんとして、時にはお母さんのように、優しく温かく接してくれたね。

ちびの時からの風邪が治らなくて、クシッとくしゃみしている時には「風邪がうつるから子猫に近づいちゃダメー!」って怒られたこともあったね。ごめんね。

カリシウイルスのせいで、まだ若いのに前歯が抜けちゃって・・・無理やり口をこじ開けられて、「歯抜けの瑠璃ばあさんだ~」って言われても、されるがままなされるがままだったね。

玉太郎のひざの上で仰向けにされて、両手を持たれて「バンザーイ」ってやられても、ちっとも嫌がらずされるまま「ニャーン」って言ってたね。

いつも寝てばっかで動かないのに、紐が登場すると速攻で飛んできて、誰よりも食いついて、いつもの瑠璃からは想像もできない機敏な動きで紐をGETし、かわいい手で握り締めて、ね~ろね~ろってねぶって楽しんでたね。

突然子猫運動会に参加する時の瑠璃ダッシュは、誰よりも力強く床を蹴り上げ、寝込みを踏まれて「ぐえっ」となったことも今では大切な思い出になってしまったね。

大阪のオバチャンイメージだった瑠璃。
擬人化イメージは「寝てばっかで、白いシミーズ姿で玄関先を掃いている」だった瑠璃。
でも時たま「黒髪で元気でマイペースな、色白で背の低いぽよんとした女の子」にも見えた瑠璃。


瑠璃は猫達のお姉さんで、いつも面倒をみる立場で、一人っ子でめいっぱい甘えさせてもらって気配りしてもらえるような猫の幸せなんかはひとつもなかった。

たくさんの仲間と一緒に暮らし、人間の子ども達にいじられても文句ひとつ言わず、それが彼女にとっての「当たり前の幸せ」だったと思っていいのだろうか?



私の今の気持ちは・・・もう二度と、猫を、動物を、飼いたくはない。
これまでの私なら、ひとり失えば罪滅ぼしのごとく似た子を探して家族にし、今度こそは幸せな一生を、と思ったでしょう。

でも、今、瑠璃を失って、そんなことしたって同じ事の繰り返しになるんじゃないかと思えてなりません。

今いるこの子たちを見送った後は生き物は飼うまい。
この中の誰かひとりでも「大往生だった」と言えるような最期を迎えて欲しいと、辛く苦しい自分の心を救いたいが為に勝手なことを思っているのです。



いなくなってこんなにも寂しく悲しく辛いなんて。
まさかたった5年で逝ってしまうなんて。
私のいないときに逝ってしまうなんて。

瑠璃ごめん。
そして・・・・今までありがとう。
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我が子玉太郎とたまこの成長記録だったけど、すっかり子猫の里親募集ブログ化してしまいました。今年も子猫がやってきたよ☆石川県・富山県・福井県で里親募集中!当ブログ掲載の写真や記事は著作権がございます。無断転載はおやめください。
About me
★登場人物紹介★

私:フサB。自宅敷地内TNR活動中。ちょいちょい子猫を保護して里親探しをしている。猫をテーマにした趣味の手仕事で癒されたりしている。

夫:普通の夫。
息子「玉太郎」:2000年ベビーも既に高校生。
娘「たまこ」:2006年生まれ・将来の夢はいろいろ。
犬:クロ、年齢不詳、猫の運子が好物。
猫:リーダー茶々朗、オバハン瑠璃(2012年お盆に死去)、不死身の銀朗(2017年1月25日死去)、ともに2007年生まれ。元祖たぬき猫シェイミ:2008年9月生まれ(2011年4月に死去)、2代目シェイミ2011年9月生まれ、ぴーちゃん2012年11月生まれ。
人間4名、犬1名、猫3名の9名家族です。

タヌキネコアイコンは、愛してやまない元祖シェイミがモデル。